5/1の日記

2018/01/30

地元ともだちのじゃぐち(@Jyagchi)に呼び出されて、昼過ぎからアキバに行ってきました。ドンキとかで物資をそろえるのをついて回りつつ、自分の欲しかったものを適当に購入。というか、1000円のIDE→USB変換1つだけだけど。
買い物のあとは、じゃぐち宅へ。自分でもまだ道よくわかんなくてと言われて歩いてると、なんと合羽橋商店街が……。h:keyword:20110220「東京だヨあさゆりさん」オフで行ったバーミヤンが徒歩数分圏内で、部屋を見せてもらったあとで晩ごはんを食べに行ってきました。まさか2度目の来店があろうとは……。そして傘を忘れてきた(泣)。
部屋は新築賃貸だそうで、超きれいでした。が、肝心の照明器具がなくてスタンド1つだったので、謎のアンティーク空間と化していました(笑)。家賃もそれほど高くないようで、自分もそろそろ引っ越したほうがいいのかな〜と考えてしまいました。でも東急8500系が長津田から一通り消え去るまでここにいる(==陸送を見たい)んだ俺……(死亡フラグ)。
帰り際に玄関のインターホンで遊んでみたのを撮られた図。これすらハイテクだよなー!
f:id:Akkiesoft:20110501221919j:image:h450

主人の友達がお盆休みで帰ってきていたので、もう1人の下田の友達と一緒に4人で居酒屋へ。
仕事があると半年に一度しか会えないので、主人もうれしそう!
そのあとスナックでカラオケ。そして、お店の閉まる時間だということでカラオケボックスでカラオケ!という歌いまくりの一日でした。

人口130万の小国は「政府の電子化」で世界をリードする

先日、メルケル・ドイツ首相がタリンを訪問したことについて記事を書きました。

www.from-estonia-with-love.net

報道によるとメルケルさんも晴れてエストニアの電子居住者として登録されたようですね。

何度か書いているとおり、エストニアは世界最先端の電子政府を擁する国として注目を浴びており、この制度の現状を視察するために各国から政治家や官僚、企業の担当者や技術者が来訪します。人口130万人ほどの小国が世界をリードしているっておもしろいでしょ。昨年から日本で実用化が始まったマイナンバー制度も、エストニアの国民ID制度をかなり参考にしているみたいですよ。

さて、今日はそんなエストニアの電脳社会ぶりを日本のみなさんに知っていただける書籍を紹介しますね。「未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界」(ラウル アリキヴィ、前田 陽二・著/インプレスR&D)という本です。

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing)

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing)

  • 作者: ラウルアリキヴィ,前田陽二
  • 出版社/メーカー: インプレスR&D
  • 発売日: 2016/01/29
  • メディア: Kindle版
  • この商品を含むブログを見る
 

 いやあこの本は面白かったです。わたしはすでに現地で1年間生活しているし、さらには昨年度にタリン大学でずばりエストニアの政府電子化についての授業を取り、授業の一環として「電子政府ショールーム」に社会見学に行って政府担当者からのレクチャーも受けていたのですが、それでも知らなかったことが結構ありました(授業で話を聞いていなかったということではなくて、学ぶことが盛りだくさんだったという意味ね!)。

(※以下この書籍についてご紹介しますが、私が読んだのはkindle版であるためページ数の代わりにロケーション数字"Loc"を使用しています)

「日本ではいまだに紙が使われている!」 と驚くエストニア人

この本には電子政府導入のいきさつからさまざまな行政サービスの概要までたっぷりと解説されていてとても全部は紹介できないので、 この記事では「エストニアのペーパーレス社会」についてをピックアップして書いてみます

エストニア人に限らずヨーロッパの人に「日本では現在でもFAXが使用されている」と言うとめちゃめちゃ驚きますよ。いまの大学生のメイン年齢層だとFAXは見たことも使ったこともない前世紀の産業遺産なので。「なんでFAXを使う必要があるの?」と不思議そうなので「日本のオフィスではいまでも紙が使われているから」と教えると「紙か!! まだ紙使ってんのか!!」とようやく納得してくれます。

日本はいまだに何かの契約をする際に「紙に印鑑を押す」という古代からの風習が存続していてそれはそれですごいのですが(奴国王の金印とかそのへんの頃から?)、本書に「エストニア人と書面での契約をしようとすることは得策ではありません。なぜ契約相手がそのような非効率的で、安全性が低く、環境負荷を与える方法で契約するのか、エストニア人は理解できないからです」(Loc 71)とあるように、エストニアはすでに高度なペーパーレス社会に到達しています。ヨーロッパはもともと印鑑ではなく署名をする文化ですが、エストニアではこれも電子化されていて「電子署名」の使用がもっとも一般的な本人証明の方法となっています。

政府の業務はどうでしょうか。「エストニア政府内では、わずかな例外を除いて紙の文書が出回ることはない」(Loc 1649)とあるように、政府の業務も電子化によって大幅に効率化されています。一例として、エストニア政府の閣議も電子化され(Loc 1649)、閣議室のテーブルにはラップトップPCが設置されているだけです(Loc 1659)。議事録は翌日にWEBで国民に向けて開示されることになっていて(Loc 1649)、紙が介入しない分いろいろと効率的で便利でしょ。

さらには「選挙の際の投票用紙」も将来的には消滅する運命にありそうです。エストニアは世界で初めて国制選挙においてインターネット投票(I-Vote)を導入した国であり(Loc 1128)、直近の国制選挙である2015年の選挙では投票者のうち30.5パーセントがI-Voteを使用して投票したとのことです(Loc 1138)。電子署名のおかげで投票者の本人確認がWEB上で可能なわけですね。

もちろん大学もいろいろと電子化されていて、わたしの通うタリン大学の場合は紙のシラバスも存在しないですし、授業の出席前に読んでおかなくてはならない資料も電子データでわたされることがほとんどです。授業の履修登録もWEBから、成績表もWEBで、また授業そのものも一部は e-learning と呼ばれるWEB授業だったりします。おそらく紙で発行されるのは卒業証書くらいではないかと思います。

さきに「大学で電子政府政策の授業を履修した」と書きましたが、この授業は「紙媒体の持ち込み禁止」でした(笑) ノートはタブレットなりラップトップPCで取りなさい、宿題は電子データで提出しなさい、紙で持ってこられても見ませんよ、という規則が設けられた授業だったのですが、学生にとっても紙のような面倒くさい媒体を使わなくて済むので便利ですよね。

このように「どうしても紙が必要なのは便所くらい」といわれるほど(いわれてないか)日常のあらゆる手続きが電子化されているエストニアですが、紙をまったく使わないというわけではありません。たとえば銀行口座を開設したときや健康保険を契約したときには控えの書面を紙に印刷して渡してもらえました。あとは公共交通機関の電子チケットも、スマートホンや携帯電話を持っていない人は紙にバーコードを印刷して持っていけば利用は可能です(そういう人がわざわざ電子チケットを買うかどうかはさておいて)。また、書店に行けばもちろん普通に紙の書籍が売られているので、電子書籍では困る本はそちらで購入できます。あ、あと買い物をしたときに発行されるレシートも紙ですね。ただしエストニアの場合はレシートを受け取らない人が大変多いですが(クレジットカードで支払った場合ですら……)。

便利すぎて国民からの不安の声は少ない

紙についてのお話はこれくらいにして。

このような紙から電子情報へのデータ形態の移行は、とうぜん国民ID制度をベースとする個人情報管理があってこそである、ということはおわかりいただけるかと思います。「電子署名」が個人認証の方法として成立しているのは、それが国民IDと紐づけられているからです。

となると、日本のみなさんがいちばん気になるのは「確かにエストニアの電子政府って便利そうだけど、政府による情報管理に対して国民は不安を感じていないのか?」ってことなんじゃないですかね。

わたしが1年間エストニアに住んでエストニア人と付き合った経験から言えば、多くの人が「ちょっと前まで共産主義だった小さな国なのに、いまは最先端の技術と制度を持っていて世界中から注目されている」ってことをかなり誇りに思っているみたいですよ。すでに電子化社会は国民生活の一部として定着してますし、これだけいろいろと便利だと、もうこの制度をだれも手放そうとは思わないでしょうねえ。

情報管理についても、「政府にあらゆる情報を一方的に監視されている!」という感じではなくて「政府や政治家や役人に不正がないかを国民の側からもチェックできる制度」としてとらえているみたいなんですよね。

かつてソビエト連邦だった国々は旧体制からの名残なのかいまだに賄賂のやり取りがあったりするようなんですが、エストニアの場合は電子政府化のおかげで汚職が無いとのことです(Loc 84)。現大統領トーマス・イルヴェスの「あなたはコンピュータを買収することはできません」という言葉が紹介されていますが(同)、銀行口座まで国民IDに紐づけされているので、贈収賄を行うことすら難しいわけです。

この「われわれ国民の側も最先端の技術で政府を監視しているんだ」という意識、さすが25年前に民衆が蜂起して革命を起こし自由と独立を勝ち取った国だなって感じですね。日本のように「行政サービスはお上から与えられるもの」みたいな意識がある国ではなかなか真似できないかもしれませんねー。

ミスターDJ(ドローンジャーナリスト)の藤川崇です。

昨日は、香港国際空港で伊勢さんと合流したところで、記事を終了しました。

 

今日は、深センに行くために、香港を出国し、中国へ入国するまでの続きを書きます。

1日で、2ヶ国に入国するのは、もちろん初めてです。

いよいよ、共産主義国に初めて入国します。。。

まず、伊勢さんの指示どおり、香港国際空港内で、オクトパスカードという香港の電子マネーカードを購入しました。

日本で言うSuicaです。

香港のバスや電車、フェリーなどに使え、かつ、お店の支払いにも使えます。

セブンイレブンでも使えますし、セブンイレブンでチャージも可能です。

 

まずは、バスで香港国際空港から上水という場所まで行きます。

乗るバスの番号は、A43もしくは、A43Pです。

AはAirPort(エアポート)のAを指しているそうです。
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当初、伊勢さんは、アルファードクラスの相乗りタクシーで香港から深セン(中国)へ入国しようと提案してきました。

その方が、乗り換えがなく、一番楽に出国、入国ができるのだそうです。

しかし、その相乗りタクシーは、かなりの猛スピードで飛ばすという話を聞いた僕は、速攻で、拒否しましたっ(^O^;)

それで、第二の手段として、こちらのバス、そして、地下鉄、タクシーの乗り継ぎを選択させてもらいました。

もちろん、全部、伊勢さんがプランニングしてくれました。

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バスで移動、約1時間後に上水に到着しました。

バスは、安全運転で、乗り心地が良かったです。

しかし、暖房が効いておらず、寒かったです。

この季節の深センは、厚着をして行った方が良いですね・・・(^O^;)

秋田と同じとは言いませんが、結構寒いです。

帰りもここから乗車して、香港国際空港へ帰ります。

バスナンバーは、行きと同じくA43かA43Pです。

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バスターミナルから電車に乗り継ぐために、駅に移動します。

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羅湖(Low Wu)行きに乗車します。

先程のバスもこの電車もオクトパスカードを利用するので、切符を買う手間が無く楽です。

外国人だったら、絶対にオクトパスカードが楽ですね。

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電車内の様子。

僕らと同じように、香港国際空港からバスで乗り継ぎ、上水から羅湖、つまり深センへ移動しているような人たちがたくさんいます。

人種がカオスです。。。

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乗車後、10分、羅湖に到着しました。

めっちゃ近い!

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羅湖は香港の端っこであり、国境を挟んで、中国の深セン目の前です。

羅湖の駅舎内に、深セン方面の案内板があります。

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写真は撮ってませんが、無事、香港を出国できました。

 

このあとすぐ、人生で初めて、陸続きの国で、国境をまたぐ経験をしました。

写真では、わかりづらいですが、この川の右側が香港で、左側が中国です。

写真は、とても痛そうな鉄柵です。

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それと、国境を歩いている上の監視カメラの数が半端ない。

伊勢さんから、ここは写メしないでください、不審者と思われますから、と注意を促されました。

とにかく至る所に監視カメラです。

この先で、中国への入国審査があります。

この国境が最後の水際となるので、監視カメラの数は半端ないのは当たり前かもしれません。

いよいよ、人生初の共産主義国へ入国です!

中国の入国審査が厳しく、前の黒人がかなりチェックされて、30分ぐらい待たされました。

伊勢さんいわく、出国審査、入国審査で、時間がかかることは、珍しくないようです。

水とか食料は、持ち合わせた方がいいですね。

そして、無事、目的地、深センに着きました

僕は毎日、仙北市の門脇市長のブログを読んでいます。

昨日は、年度始めということで、仙北市職員へ対する仕事に対する心構えと対応についての記事でした。

なかでも、以下の文について、とても共感いたしました。

門脇市長のブログから抜粋です。↓

2.絶えず最新情報を発信する

 もちろん守秘義務は徹底してください。しかし、せっかくの制度が市民に浸透していなかったり、各職場の職務内容が伝わっていないことで、「市役所は何をやっているのか分からない」と言う誤解が多数あります。

これは本当に残念なことです。

最低限でも市のホームページやフェイスブックなどは、最新の情報をアップしてください。

また外部のマス・メディア、新聞やテレビなどを徹底して利用してください。各部門で誰がその担当を担うのか、職場内で今日すぐに決めてください。広報は組織の生命線です。

そして広報は市民のまちづくり意識を、一歩も二歩も前進させる力になります。

職場ごとにフェイスブックやインスタグラム、ブログ、ツイッターを始めたら、毎日の仕事を市民がどう評価しているか、リアルタイムで分かり改善点も見えてきます。

最初は面倒でも、そう時間が経たないうちにこの業務が楽しくなるはずです。

さらに私がお願いしたいことは、皆さんそれぞれが、もっともっとSNSを活用して、皆さん個人が情報の受・発信者となって欲しいことです。

職務上知り得たことを発信して欲しいというのではなく、例えば「○日にはこんな取り組みを行います。是非ご参加ください」とか、市民に向け、県民に向け、または友人に向け、既に公が発信している情報だったら、皆さん個人でもさらに発信して欲しいことをお願いします。

オープンで市民協働の市役所を、皆さん自身で実現するのです。

●目標その2~一人ひとりが仙北市の報道官になろう~ 

まったくもって、おっしゃるとおりで、反論の余地がありません。

個々の情報発信が無料の時代です。

やらなきゃ損です。

役所であれば、何百人という公務員がいるでしょう。

全員は無理でも、何十人でも、Facebookやtwitter、Instagramなどを使って情報発信すればいいんです。

それこそが、最大のPRであり、市民から情報を得ることにも繋がります。

たとえば、桜の写真でもいいですよね、こんな感じの。

https://www.instagram.com/p/BScXBdTFBrn/

それを、義務だと思うと、なかなか腰が重くなるでしょう。

もっと、軽い気持ちでやればいいんです。

ブログやSNSの投稿について、いちいち上司のチェックが入って書いているようでは、面白い投稿はできません。

思い切って、バンバン投稿すればいいんじゃないでしょうか。

市民から苦情が来るぐらいで丁度いいでしょう。

「やりすぎ」というのは、相手に言われて初めて分かることです。

僕のブログ記事やSNS投稿は、賛美もあれば、苦情もあります(^O^;)

苦情には、対処する場合もあれば、とことんディスカッションする時もあります。

軽くプチ炎上しているときも・・・。

炎上マーケティングを狙っているわけではありませんが、炎上にビビって本音を言わないほうが、僕は気持ち悪い。

だから、ガンガン意見や情報を掲載します。

様々な意見があっていいんです。

様々な捉え方があっていいんです。

「多様性を認める」ことが大事。

企業も官公庁も炎上を怖がります。

今や、ネット炎上保険もあるぐらい。

しかし、情報発信しない人には、情報も入ってきません。

自らが情報を発信するから、世界には受信者がいて、その情報が受信者にとって、必要な情報であれば、リアクションがあります。

でも、公務員って大変ですよね。

一般の人からは「俺たちの税金を使って・・・」と思われているでしょうから。

常に、襟を正していないといけない。

僕が公務員だったら、いろんな意味でアウトでしょうねぇ(~_~;)

「あのSNSの投稿はなんだ!?」って苦情くるでしょうね。

でも、それでいいのではないでしょうか。

それこそ、本音で腹を割って、互いを知ることができるのではないでしょうか。

上も下もありません。

互いにRESPECTしましょう。

僕のメインの仕事は「WEBマーケティング」です。

官公庁のWEBマーケティングの第一歩は、職員自ら、発信することです。

発信し続けることです。

少しの勇気があれば、誰でも出来ます。

あなたの情報や綺麗な写真に感謝する市民もいることでしょう。

ぜひ、勇気を持って、twitterでもいいですし、Instagramに写真だけの投稿でも良いと思います。

その際は、ハッシュタグをつけて、投稿してみてください。

仙北市だったら、「♯仙北市」とか、「♯桜」とか。

官公庁の職員向けに、WEBマーケティングセミナーやろうかな?

仙北市といえば、そろそろ桜の時期ですね♫

買った本

2018/01/30

週刊はじめての初音ミクを買いに行ったら他にも色々買ってしまって合計3,000円ちょいだと……?

絶対霊域

霊媒先生をAmazon先生で実家に贈った後ぐらいからAmazon先生にオススメされていて、ちょっと気になっていたので、駅前の本屋で1巻からそろうのを待ってまとめ買いしようとしてずっと待ってました。なかなかそろわなくてこんなタイミングになりました。

絶対☆霊域(1) (ガンガンコミックスJOKER)
絶対☆霊域(1) (ガンガンコミックスJOKER)
posted with amazlet at 11.11.23
吉辺 あくろ
スクウェア・エニックス (2011-01-22)

絶対☆霊域(2) (ガンガンコミックスJOKER)
絶対☆霊域(2) (ガンガンコミックスJOKER)
posted with amazlet at 11.11.23
吉辺 あくろ
スクウェア・エニックス (2011-06-22)

絶対☆霊域(3) (ガンガンコミックスJOKER)
絶対☆霊域(3) (ガンガンコミックスJOKER)
posted with amazlet at 11.11.23
吉辺 あくろ
スクウェア・エニックス (2011-09-24)

変態紳士・ユルい日常生活系の4コママンガでした。が、幽霊分多め。おもしろい。

あいまいみー

マニアックすぎて本屋にないかと思ってあきらめていたら、ふつうにありました。でも駅前の本屋はセンスがないのでゆるゆりが全巻そろっていなかったりしてスキだらけです。所詮はブルジョアの集うセレブの町青葉台か……えっ?
帯で「○○な話でも話題に」、という件を知りました。ほう。

あいまいみー ②  (バンブーコミックス  WIN SELECTION)
あいまいみー ②  (バンブーコミックス  WIN SELECTION)
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ちょぼらうにょぽみ
竹書房 (2011-10-07)

お近くのみなさま、ぜひいらしてください。

これまでのオルかなの活動を報告しつつ、オルタナティブな社会について、会場のみなさまと意見交換させていただけるとうれしいです。

 

・・・・・・

 

『治療より快復を目指すオルタナティブな支援とは』

 

心の病気とは脳の病気?


いいえ、我々は、精神症状はその人の人生のクライシスにおける正常な反応と考えています。

 

精神障害者の自立とは、障害者として一生生きていくことでしょうか?病気とはなにか、精神障害とはなにか、自立とは何か。


一度、頭をクリアにして考えれば、別の選択肢(オルタナティブ)が見えてきます。

 

既存の医療、福祉のシステムの何が問題で、どうすれば改善できるのか。共に模索していきたい。

 

欧米の精神保健改革、当事者運動から見えてきた解決策を紹介し、当事者を中心に据えた新しい精神保健の形を提案します。

 

また、その新しいスキームの中で、医療者や支援職が果たすべき役割について提案します。

 

日時 2017年1月22日 13:30~16:30
場所 名古屋市北生涯学習センター 視聴覚室

参加費 1000円

 

プレゼンテータ―


中川聡 全国オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会代表
    (社)日本臨床心理学会 理事


三橋淳子 神奈川オルタナティブ協議会 代表
     精神保健福祉士

 

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There are a lot of Japanese traditional buildings in Kyoto,for example Temples(In Japanese "Tera") and Shrine(In Japanese "Jinja"),

Some Temples and Shrines is has been registed as World Heritage.

We are going to introduce representtive building for sightseeing.

 

Kinkaku-ji (金閣寺, literally "Temple of the Golden Pavilion"), officially named Rokuon-ji (鹿苑寺, literally "Deer Garden Temple"), is a Zen Buddhist temple in Kyoto, Japan. It is one of the most popular buildings in Japan, attracting a large number of visitors annually. It is designated as a National Special Historic Site and a National Special Landscape, and it is one of 17 locations making up the Historic Monuments of Ancient Kyoto which are World Heritage Sites.

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The site of Kinkaku-ji was originally a villa called Kitayama-dai (北山第), belonging to a powerful statesman, Saionji Kintsune. Kinkaku-jis history dates to 1397, when the villa was purchased from the Saionji family by ShogunAshikaga Yoshimitsu, and transformed into the Kinkaku-ji complex.When Yoshimitsu died, the building was converted into a Zen temple by his son, according to his wishes.

During the Onin war (1467–1477), all of the buildings in the complex aside from the pavilion were burned down.

 

On July 2, 1950, at 2:30 am, the pavilion was burned down by a 22-year-old novice monk, Hayashi Yoken, who then attempted suicide on the Daimon-ji hill behind the building. He survived, and was subsequently taken into custody. The monk was sentenced to seven years in prison, but was released because of mental illnesses (persecution complex and schizophrenia) on September 29, 1955; he died of tuberculosis in March, 1956. During the fire, the original statue of Ashikaga Yoshimitsu was lost to the flames (now restored). A fictionalized version of these events is at the center of Yukio Mishimas 1956 book The Temple of the Golden Pavilion.
The present pavilion structure dates from 1955, when it was rebuilt.
The pavilion is three stories high, approximately 12.5 meters in height.
The reconstruction is said to be a copy close to the original, although some doubt such an extensive gold-leaf coating was used
on the original structure.
In 1984, the coating of Japanese lacquer was found a little decayed, and a new coating as well as
gilding with gold-leaf, much thicker than the original coatings (0.5 µm instead of 0.1 µm),
was completed in 1987. Additionally, the interior of the building, including the paintings and Yoshimitsus statue,
were also restored. Finally, the roof was restored in 2003.
The name Kinkaku is derived from the gold leaf that the pavilion is covered in. Gold was an important addition to the pavilion because of its underlying meaning.
The gold employed was to mitigate and purify any pollution or negative thoughts and feelings towards death.
Other than the symbolic meaning behind the gold leaf, the Muromachi period heavily relied on visual excesses.
With the focus on the Golden Pavilion, how the structure is mainly covered in that material,
creates an impression that stands out because of the sunlight reflecting and the effect the reflection creates on the pond.

 

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Kinkakuji-Temple in winter

 

 The Golden Pavilion (金閣 Kinkaku) is a three-story building on the grounds of the Rokuon-ji temple complex. The top two stories of the pavilion are covered with pure gold leaf.[11] The pavilion functions as a shariden (舎利殿), housing relics of the Buddha (Buddhas Ashes). The building was an important model for Ginkaku-ji (Silver Pavilion Temple), and Shōkoku-ji, which are also located in Kyoto. When these buildings were constructed, Ashikaga Yoshimasa employed the styles used at Kinkaku-ji and even borrowed the names of its second and third floors.

 

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こんにちは。

ゆきみそうです。

 

いよいよ年の瀬も迫ってきましたね。

クリスマスが終わったら、一気に年末モードです。

やることがたくさんありますね。

 

このブログでは、私のうつの体験をもとに、西洋薬と漢方薬を併用することで、断薬に成功した経験談や、うつについて、漢方薬についてお知らせしています。

 

私は専門家ではありません。

 

でも、今までの私の経験や、治療の中で学んだことが、どなたかのお役に立てればと思い、このブログをはじめました。

こんな風に治った人もいるんだ、そう思って読んでいただければと思います。

 

サインバルタを1錠に減らして落ち着いてきたころ、睡眠薬の減薬に向けて治療を始めました。

 

睡眠薬は、クアゼパム、コントミン、リスペリドンを服用していました。

 

クアゼパムは、寝つきをよくする薬。

コントミンは、不安や緊張を取り除き、気分を安定させる薬。

リスペリドンは、不安や緊張、興奮をやわらげる薬。

 

これらを、睡眠の助けとするために飲んでいました。

 

クアゼパムは1錠から半錠へ、4分の1錠へ。

コントミンは2錠から1錠へ。

リスペリドンは、2本から1本へ。

 

時間をかけてゆっくり減らしていきました。

 

たまに眠れない日もありましたが、「こんな日もある」とあまり深く考えずに過ごすことにしました。

 

そしてある日。

 

夜、夜行バスで単身赴任先に行く夫を駅まで送るために、薬を飲まずに子どもたちを寝かしつけていました。

 

いつもなら、子どもたちがぐっすり眠った後でも、夫を送る時間になるまで意識ははっきりしていたのですが、この日は違ったのです。

 

夫の、

「寝てるとこごめんね、もうそろそろ時間なんだけど、起きれる?」

という言葉にびっくりして目が覚めたのです。

 

子どもたちと一緒に、1時間半もぐっすり眠っていました。

 

これは薬の力を借りなくても眠れるかもしれない、そう思いました。

 

でも無理は禁物。

 

普段は薬を飲みながら、

明るい時間に昼寝に挑戦してみたり、

土日の寝過ごしても大丈夫な日に薬を飲まずに眠ってみたりしてみました。

 

すると、意外と眠れることに気付いたのです。

 

もちろん、漢方薬にも睡眠を促進する成分を入れてもらっていましたから、これの効き目もあったかもしれません。

 

心療内科の先生にこのことを話してみたところ、

「無理はしないでね。

でも、薬がなくても眠れる時間ができたのはとてもいいことですよ。

平日は生活をきちんと送ることを中心に考えて、薬を飲んでしっかり眠ってくださいね。

でも、土日や幼稚園がお休みの時に薬をお休みして眠ってみるのはいいですよ。

1つずつ減らしていきましょう。」

そう言われました。

 

漢方薬局でもそのことを話すと、

「眠ることにも体力がいるんですよ。

その体力がついてきたということですね。

いいことですよ。

心療内科の薬を減らすなら、こちらの薬は今まで通りにしておきましょうね。

もし何か変だと感じたらすぐに言ってくださいね。」

と、言われました。

 

このころには漢方薬の調合も安定していました。

脈などを診ていただいて一通り診察が終わった後、

「いつもの調合でだしておきますね」と2週間分の薬をいただきました。

 

クアゼパムをやめることができたのは、それからしばらくしてからです。

 

たまに眠れない日もありましたが、2日続けてということはありませんでしたし、体調が悪くなることもありませんでした。

 

気分もそれほど悪くなく、1日起きた状態で過ごせるようになっていたので、やっぱり薬を飲もうかな、と思うことはありませんでした。

 

ほかの2つもすぐにやめることができました。

 

1日しっかり起きていて、夜はぐっすり眠り、朝早く起きて生活するスタイルになりました。

 

これで睡眠薬を断薬できました。

 

次はサインバルタです。

 

ここまで読んでくださってありがとうございました。


何か聞いてみたいことはありませんか?

私の経験でお役に立てるなら、お話したいと思っています。

 

お気軽にコメントお寄せください^^

 

 

 

ブログ・・・4日ぶり(~_~;)

隣、スーパーとホテル。の、せいか、カモメハウスは

いつも倉庫と間違われてしまう。。。

そりゃ~、そう見えるわ~~~。。。プレハブに毛の生えたような鉄骨住宅。
ってことで、カモメハウス、ドレスアップしやす!!(*^▽^*)

(築15年なるけど・・・・今頃だば~~?( ゚Д゚) )

現、カモメハウス  ↓

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↓ 汚い・・まずはこのよごれを落とす。

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↓こいつで!  

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家庭用高圧洗浄機(buy メイクマン(笑)) 
水のマシンガンみたいで楽しかった~~~。よく落ちる!

本格的にペンキ塗りしたことないので、グーグル先生にいろいろ聞いてみた。

1.まず汚れを落とす    うん!それは知ってた。落とした。

2.シーラーを塗る   シーラーが何者がわからなかったけど、「フ~~ン、でも、塗らなくてもええんちゃう?(笑)。 いやいや、塗りましょう~!ってことで、面倒だが頑張って塗る。。。楽しくない(*ω*)

3.いろいろ書かれてた(ペンキの混ぜ方、扱い、マスキングテープ なんちゃらかんちゃら・・・)   

だけど、もういいや(笑)塗る!